昨日、友達が自らの手で命を絶ちました・・・

私は、十五歳の頃、生きることの意味と死ぬことの意味を毎日考えていました。
 
「人は、何の為に生きるのだろう。そしてどうして死ぬのだろう・・・」
 
と。
 
そんな葛藤を歌にしたりもしていました。

人は何の為に生きるのか?(歌をお届けします)

当時は、その「生きる事の意味」という答えが見つからなければ、自分は人生を生きていく事はできない。
  
そう思っていました。
 
だからこそ、必死になってその答えを求めて毎日、頭が痛くなるまで考えました。

今は「人は何の為に生きるのか」という問いの私なりの答えを見つけています。
 
しかし15歳の当時、ただひたすらその答えを求めて、頭が痛くなるまで毎日毎日考えていた時は、自分で考えても、同級生や回りの人達に聞いてみても、その答えが見つかる事はありませんでした。
 
しかし、心が癒されていくにつれてその「人は何の為に生きるのか」という問いからは自然と解放されていきました。
 
「人は何の為に生きるのか」
 
このことを考えなくても大丈夫になった。という表現の方が的確かもしれません。

そして歳月と共に心が癒され「人は何の為に生きるのか」という問いに対しての私なりの答えが、いつの間にか自分の中にはありました。

しかし今、「人は何の為に生きるのか」という事を、又考えています・・・。

彼と出会ったとき私は16歳、彼は19歳でした。
 
当時、私と彼はお互い同じような心の状態で、すぐに仲良くなりました。

共に精神的に不安定で人の目が気になったり、ものすごい寂しさを感じていたり心に劣等感を抱えていたしていたので、感じている苦しみや悲しみが手に取るように良くわかりました。

そして私が18歳くらいから一緒にいるようになり、多くの時を共に過ごすようになったのです。

根性を出して面接を受けてやっとこさ同じ仕事に就いたもの、すぐに二人ともその仕事に耐えられなくなって、そのままその会社から逃げる為に追ってくるはずもないのに、会社がある所から600キロも離れた場所まで必死に逃げたり。

その途中で彼が富士の樹海で自殺しに行くと言い出して、私が必死になって止めて喧嘩しながらも樹海手前の富士山がよく見える所まで行ったり。

一緒にバンドをやって多ぜいの人の前で歌ったり、真冬の真夜中に白鳥のエサやり場にカモを捕まえに行って(違法?)、そのとってきたカモを鍋にして食べたりw。

と、ほかにもたくさんの事がありましたが、とにかく彼とは本当に多くの楽しい時と苦しい時を共有しました。

今も、その当時の事が走馬燈のように思い出されます。

そのような時から、月日が過ぎていくうちにいろんな事がありながらも、私の心は癒され立ち直っていきました。

彼も一時は心が癒されていったのですが、ある事がきっかけで精神科の病院へとかかるようになり、薬がなくては生きる事すらも苦しくなっていきました。

どうして初めは同じような心の状態で出会ったのに、私は立ち直り、彼は亡くなってしまったのか・・・。

その違いが解らなくて、いや、解りたくなくて今、このブログの記事を書いています。

今日、彼を目にした時”亡くなった”という事が頭では解っているはずなのに、解っているはずなのに、、、、
 
何が起こったのかが理解できませんでした。

彼がこの世からいなくなってしまった。

という現実を受け入れたくはありませんでした。

 
しかしおそるおそる彼を触った時、とても冷たくて、その体にはもう魂が宿ってはいない事が解りました・・・。

見た目は、ただ安らかに眠っているようにしか見えないのにもかかわらず・・・。

今、1つだけ確信した事があります。

それは、

「人は自らの手で、自分の命を絶ってはいけない」

という事をです。

私は今日まで、

「自殺する事はいけない事」

と心から思った事はありませんでした。

私自身も毎日毎日、「死にたい」と願わずにはいられない日々を過ごしていたので、自らの手で亡くなってしまう人の気持ちがよく解るからです。

私も実際「死ぬ」と覚悟して、行動を起こした事もありました。

よく「自殺は逃げることだ」という言葉を耳にしますが、私は「自殺をしてしまう」という事が逃げる事とは私は思いません。

人が自殺してしまう時というのは、「逃げる」のではなく、自分の中で逃げる場所すら失ってしまって、死ぬ事しかできなくなってしまったから、人は自らの手で自分の命を絶ってしまうのだと思います。

逃げる事ができるうちは、どこまでも逃げるんです。

人間は、本能的には死にたいとは思わなものだと思います。

以前は私も、毎日「死にたい」と思わずにはいられませんでしたが、それも本当に死にたい訳ではありませんでした。
 
苦しみから解放される方法がそれしか思い浮かばないから、一刻も早くどうしようもない苦しみから解放されたいから、もう生きる希望が見つからないから、いっそ「死にたい」と思いました。

もし、後にその苦しみから解放されるという事が解っていたのなら、幸せになる事ができると信じられてのなら、希望が見えていたのなら、「死にたい」とは思わなかった事でしょう。

ですから、自らのの体験を通しても自らの手で命を絶ってしまう人の気持ちが痛いほど解りますので、頭では「人は自殺してはいけない」という事が解っていながらも、今この瞬間までは「自殺してはいけない」と、心からは思いませんでした。

思う事ができませんでした。

しかし今、解りました。


何があろうとも、どんな事があろうとも、人は「自らの手で、自分の命を絶ってはいけない」という事を。

何と表現したらいいのか解りませんが、今そう確信しています。

生きていく上で、どうしようもなく苦しい事がある、信じられないような事が起きる、受け入れがたいような真実を知る、考えた事もないような事が自分の身に起こるetc・・・。

もろもろの苦しい事、悲しい事、どうしようもない事が人生には起こる事もある。

しかし、たとえそうであったとしても、人は「生きる」という選択をするべきなんだと今思います。

私は普段~する「べき」だとか、~「しなければならない」などと思わないように心掛けています。
 
なぜなら、そちらのほうが建設的・肯定的な考え方が出来ると思うからです。

そして、べき、ねばにとらわれて苦しんでいる人をカウンセラーという仕事柄も、よく知っているからです。

しかし、

生きる・死ぬという選択肢が目の前にあった時、人は「生きる」という選択をするべき

だと今は思います。

心からの友人の死を、そしてその彼な亡くなった事によって教えられた大切な事を私はこれからも忘れる事はありません。
 
 
こんな言い方で申し訳御座いませんが、もしこのブログを読んで下さっている方で、今この瞬間にも「死にたい」と思っている方がいるとするのなら、自らの意志で命を絶つ事だけは決してしないで下さい。

あなたがそうする事にとって、悲しむ方や苦しむ方が絶対いらっしゃいますし、何と表現したらいいのかすら今は解らないのですが、自分自身の為に、そのような決断はしないで下さい。
 
このように、一方的にえらそうな事を語ってしまい大変申し訳ないのですがお願いしまうm(_ _)m

 
友の冥福を祈りつつ・・・・。

2016年 追記

僕は、映画、「ショーシャンクの空に」の、このシーンを見るたびに、生きる事の意味を見出します。

1分9秒から、

アンディー:

There are places in the world that aren’t madeout of stone, that there’s, there’s somethin’ inside
that they can’t get to, that they can’t touch. It’s yours.

ここは全てが石からできてるって訳じゃない。
奴等が届かない、触れられない自分だけのものが在る。


レッド
:

What are you talkin about?

何だって?


アンディー
:

Hope

希望だ

 

要約するとアンディは、

「刑務所にいようがどこにいようが、自分の中の希望は誰にも奪うことはできない」

といった事を話をします。

 

それに対し、刑務所暮らしの長いレッドはこう言うんです。

 

Hope is a dangerous thing. Drive a man insane.

It’s got no place here. Better get used to the idea.

 

希望は危険だ。希望は人を狂わせる。

刑務所では無意味だ。このことを覚えておけ。

その後物語は進展し終わりに近い場面で出所したレッドが、無事脱獄に成功したアンディーからの手紙を読みます。

Dear Red. If you’re reading this, you’ve gotten out.

And if you’ve come this far, maybe you’re willing

to come a little further.

You remember the name of the town, don’t you?

I could use a good man to help me get my project on wheels.

I’ll keep an eye out for you and the chessboard ready.

Remember, Red. Hope is a good thing, maybe the best of things,

and no good thing ever dies. I will be hoping that this letter finds

you, and finds you well.

Your friend. Andy.

 

 

親愛なるレッドへ

もしこれを読んでいるのであれば、君は外へ出られたということだ。

そして、もしここまで来たのなら、もう少し遠出をして欲しい。

町の名前を覚えているだろう?

計画を軌道に乗せるために、うってつけの人材を雇えるというものだ。

首を長くして君を待っている。それにチェス盤も用意した。

忘れないでくれ、レッド、

 

希望はいいものだ、多分何よりもいいものだ。

そして、いいものは決して滅びない。

 

私は望むよ、この手紙が君を見つけることを、そして元気な君を見つけることを。

君の友人 アンディより

 

刑務所内で

Hope is a dangerous thing.」ー希望は危険だ

そう言ったレッドに対してアンディーが応えているんです。

 

Hope is a good thing, maybe the best of things,

and no good thing ever dies.

 

希望はいいものだ。たぶん何よりもいいのものだ。

そして、いいものは決して滅びない。

 

このアンディの言葉を胸に、僕は今日も生きています。

 
追記 2

ショシャーンクの空に、についてや僕が命を絶とうとした時のエピソードや自殺いついて書きました。

希望はいいものだ。そして希望は滅びない【ショーシャンクの空にから】

17歳の夜に、、、

不登校・引きこもりと自殺の関係についてカウンセリングの経験から思うこと

不登校引きこもりと医療介入についてカウンセラーとして思うこと

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今野 陽悦

今野 陽悦

【不登校引きこもりを専門とした心理カウンセラー 】 経験者のカウンセラーとして、述べ3500件の不登校引きこもりの心理カウンセリングを行う。このページではその体験をもとに解決法を綴っている。現在はカウンセラーの他に、マーケティングコンサルタント、オンラインコミュニティの運営、モデル、プロダクション経営、投資家、など多方面で活動中。