小六の三学期に適応教室に行く事になった理由
娘は、不登校になった当初は、本当に娘の機嫌は悪く、精神状態もピリピリしていました。娘は数ヵ月、あるいは数年前から自分の最大限に頑張り、もう限界だったのだと思います
当初はあたたかく、そっと見守り続ければ、娘の事ならそのうち、学校に行けるようになるかな?という位に思っていました
ところが、親として、ただひたすら見守っていたところ、娘は担任の先生が来ても、仲良しの友達が来ても、部屋から出てきて会うことすら出来なくなってしまいましたそれは昨年の11月の事です。
そこで市の教育相談にも相談させていただいて、もう担任の先生に会うのはおそらく無理なので、家庭訪問員の方に入って頂く事になりました。
娘は、その方とは昨年の12月に4回程会って折り紙やゲームをしていました。ですが、中々会話をするところまでは行きませんでした。私は、ここまで家族以外の人とはなせなくなっている現実に愕然としてしまいました。
そして、そのまま冬休みに入りましたその後、娘は三学期から動き出しました。
カウンセラー今野さんのカウンセリングを受講して解ったこと
昨年の冬休みの出来事です。私は、カウンセラーの今野陽悦さんに、一度娘と話し合い今後どうして行きたいのかをキチンとしたほうが良いと助言を頂きました
今までの期間、ただやみくもに見守ってきた私と主人でしたが、娘との間で会話をしたり話し合いをするという当たり前のような事が、全くと言って良いほど出来ませんでした。それは正に信頼関係が無い状態だったと思います
そこで冬休み明けから、今までの昼夜バラバラだった生活リズムを直して、昼間は何かする、そして夕方からは好きな事をして良い時間にしましょうと、こちらから促しました。
このようにしないと、中々この生活から抜ける事が難しいと思ったからです
そこで、昼間は何をするかという事になり、適応教室を提案しました。そこで娘はかなりの、葛藤があったようでしたが、最後には自分で行くと決めました
娘は、自分で決めたことは守ります。娘にしてみればかなりの勇気だったと思いますが、娘は正月休み明けから外に出ました。正に長くて暗い夜から朝陽が登り始めた瞬間でした
適応教室にはほんの一時間いるところから始めました私はそれまで、適応教室に対して、行くのが恥ずかしいなどと、とんでもない偏見を持ってしまっていましたが、そこにいる先生の素晴らしい事…。とってもあたたかい雰囲気が満ちあふれていました
親子間で信頼関係があり、キチンと話し合いが出来れば、もっと早く動く事も可能だったのかな?とは思います。しかし、この時が娘にしてみれば良いタイミングだったと思います。
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松木りか
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